だめだな

 

わたしはすぐ言いたいことを言葉にしてしまうし、そのまま人に発信してしまう。いいところでも悪いところでも思う。好きな人に対して、ばかって言った後に好きって言ってしまうような典型的なやつだ。ほんとうに好きだからばかって言って隠すしかない。ちょろい女だと思われたくないので。

 

ブログを始めてから一年以上たった。このブログはリアルの友達は本当に教えてもいいと思えるくらい好きな人にしか教えてないし、あとはツイッターの趣味垢の友達くらいしか知らない。だから続けてこれたと思う。

わたしがブログを始めてから、友達にブログ始めてよ!とすすめることが多くなった。これは友達が何を考えてるかみたいという好奇心と、やっぱりブログという新しいような古いようなSNSを人々が求めているからであると思う。実際にブログを始めてくれる人が増えた。その人が考えてることとか知ることができて嬉しかった。同時にわたしのことも知られているわけだけど。でも、それでもいい。人はいま、自分のことを好きなように発信できるコンテンツに飢えているんだと思う、SNSが発達しすぎて自分のことは発信する限りいつも誰かに知られていて。そんな中で自分だけが知る自分のこと。自分が許した人だけが知る自分のこと。そういう居場所はやはり心地よいと思う。この時代に自分の考えたことを発信できるブログを書くことができて嬉しい。また明日はゼミだけど頑張るね。

サイコ・パス

 

ついにその日が来てしまった。

サイコ・パスとわたしが対面したのである。時刻は12時過ぎ。サイコ・パスは寝てるだろうと推測したのが間違いであった。

 

戦争は随分前から始まっていた。最初はなんともなかったのに、友達を家に呼んでおしゃべりしていた寒い冬の日、そいつは現れた。ギターを弾いたりして談笑していたら、いきなり壁ドンされたのである。まあ、ちょっとびっくりしたと思ってそのまま談笑を続けていた。友人の1人がタバコ吸って来ると言ってベランダに消えて部屋に帰ってくるなりそいつの話をし始めた。

「俺がベランダでタバコ吸ってたらいきなり隣の部屋の窓が開いて、俺びっくりしたからなんとも思ってないんだけどあ?って言っちゃったのね。そしたら『あ、じゃねーよ!うるせーよ!』って言われてバンって窓しめられた。」

なんだそれ。どんな隣人なんだよ。友達は黒髪ロングの女だった、と言っていてさらに気持ち悪くなった。お前は何様だ?

その日以降、そいつはわたしが楽しい気持ちの時に現れるようになった。

家で友達と遊んでいる時、家に彼氏といる時、壁ドンすることでわたしの生活を邪魔して来たのである。まあ、サイコ・パスだから仕方ないと思っていた。実際一年以上住んでいるがわたしは未だにサイコ・パスに出会ったことがなかったからである。しかし状況は一変した。昨日、お散歩から帰宅し部屋でとりあえずタバコでも吸って寝ようと思ってベランダでタバコを吸い始めた。そしたら隣の部屋の窓が開いた音がしたのである。これはもしや、、と思っていたらやつはベランダの仕切りから顔をのぞかせてこっちを見ながら『タバコくさいんだけど』と文句を言って来た。とりあえず「すいません…」と謝るわたし。謝ったあとも仕切りの内側からずっと『あー、タバコくっさ!!』と文句を言いながら窓をパシャりとしめて消えた。こいつはなんなんだろう、しかしサイコ・パスだから仕方ない。サイコ・パスにとってはわたしがあいつの生活を邪魔するやつなのかもしれないが、それはわたしにとっても同じである。わたしが楽しく過ごしている時をことごとくぶち壊してくるのがサイコ・パスだ。同じ値段の家賃を払っているといううえで、サイコ・パスとわたしの条件は一緒である。マンションの管理会社の人間にベランダでタバコを吸ってはいけません、部屋に友達を呼んで談笑してはいけません。と言われたことは一度もない。そうした点でいえば、わたしがサイコ・パスに一方的に文句を言われることはちゃんちゃらおかしいのである。嫌ならば引っ越しすればよい。禁煙で、壁が薄くないもっと条件がいいマンションなどいくらでもあるだろう。それなのになぜサイコ・パスはわたしの隣に住み続けるのだろうか。わたしはサイコ・パスの実態を調査するためにアマゾンの奥地へと向かった。続。

201706111140

メアリージェーン

溶けてしまいそうな至福の瞬間

メアリージェーン

スロウダウン

everything is gonna be all right

 

昨日VISIONに行って知らない人と抱き合って踊った。そこまではまだ大丈夫。いつのまにかケータイとスイカが無くなって、財布に1万円入っていたはずなのに家に着いたら3千円になっていた。世の中とは世知辛いものよ。身分証とかクレジットカードとかは取られてなかったから良かったと言えばよかったけども。吸ってたはずのハイライトもことねが新しく買ってくれたやつしか持ってないからポケットに入れてたもの丸々なくしたことになる。本当になんなんだろうなあ。家の鍵落とさなくてよかった。それだけが救いだ。渋谷から帰る時池袋までは大丈夫だったのにその後所沢にいて、帰ろうと思ったら新木場にいて、池袋まで戻ってこれた。あとは有楽町線直通に乗って新桜台で降りるだけ。午前中の最高な天気を感じながらなぜわたしはこんなことしてるのと思ってしまった。ケータイがないからそのことについてググるしかなくて、とりあえず今日彼氏と会う約束をしていたので彼氏に会いに行きます。そしてケータイを見つけてやる泣。渋谷でわたしのケータイ拾って自分のものしてるやつまじで一生呪うからな!!!!!!ケータイがないまま電車に乗ってるんだけど、まじで自分だけが文明をなくした人間と感じられてしまってすごい。文明ってすごいんだな、、と思うな。新体験なのでこのまま1週間くらいケータイがないまま過ごしてみようかとも思ったけど、自分から連絡することはなくても誰かから連絡くることとかあったらめんどくさいのでやはりケータイは2017年を生きる日本人には必要なのかな。
最近の自分の失態がすごいんだけど、逆にこんなにダメなことをしても友達をやめる人とかが現れないので神様からの教えなのか?とか思えてくる。今まで頑張りすぎてきたぶんのリバウンドみたいなのがこのタイミングで一気にきて、落ち込むけど逆に大丈夫と言われているというか。こんくらい適当にやってても友達はいるし、親もいるし、自分が死ぬわけでもないし。と思えるいい機会になったな。ゼミを欠席してしまってマジ終わったと思ったけどサークルの先輩に、わたしもそれやったことあるけど卒業できたよと言われたので安心した。もっと楽に生きろよと言われているみたい。自分に期待することはやめたくないけど過度な期待をかけるのはやめようかな。「とりあえず」やれることだけやってみる。学校はたまにサボる。バイトもたまにサボる。寝坊もしても、ゼミを休んでも、ケータイをなくして身に覚えない傷ができてても、わたしは生きてる!
これに甘えすぎて友達やめる人がでてきたらちゃんと考え直そう。久しぶりにALを聴いて、わたしのことを最低で最高と言ってくれる人は小山田壮平しかいないよという気持ちになったけどそんなことないかもね。

新白岡ついたのでこのへんでグッバイ。

今日はすべてがダメだった日

 

朝起きたら12時で全てが終わった。

今日は授業が1限と2限があって、2限はゼミの発表で大事な大事な日だったのに。前からこのゼミの発表が終わったら節目だと思っていたからそれを自分で乗り越えられなかったことがただ悲しい。理想の自分と現実の自分の差が大きくて本当にわたしはダメだなと思ってしまうな。やることもなぜだかたくさんあって、終わらなくてなんなんだろうな。夜もまともに寝ないで過ごしてたらそりゃ寝坊するよ、わかりきってたことなのになんで当たり前のこともできないんだろう。目覚まし時計いつもはセットするのにセットしないままで、バカだな。バイトも当欠してしまった。昨日までは行く気満々だったのに。土曜日にキャリアコンサルタントの人に言われたことだけが救いだ。精神がやばくなって何もできなくなることがある、って話したら1週間くらい学校休んだらなんとなく学校行きたくなりますよって言われて嬉しかった、6月中に絶対に学校休んで実家に帰ってやる。コンサルタントの人にとりあえず早い段階で横断ゼミ休みます!って宣言したから大丈夫。実行したい。だいたい3限だけサボるとかしてたのに丸一日休まないからダメなんだよな。実家に帰ることが重要。あーほんともう自分もなにもかもクソ。けどみんなには無理してほしくない、ダメだと思ったらきちんと休んでほしい。自分の体と精神を壊してまでやることに意味なんてないってわたしが断言します。頑張りすぎないように!って世界中のやつらに言ってやるよこれからも。

T.D.M

 

6/10の夜にVISIONに行きます。tofubeatsを見るのが去年のベイキャンプ以来だから嬉しい。ベイキャンプで初めて見たんだけど、本当に最高だった。

VISIONは前から知ってて開催されるたび行きてえな〜と思いつつ行けてなかったので、今回ことねに誘われて行こうって思った。OKADADAも出るからこの曲聴けるかなとかウキウキ。

tofubeatsの曲は歌詞もいいんだけどそれ以上に音楽というか音にそのまま体を乗せることができてすごい細かい目に見えない粒子に囲まれて包まれる感覚を味わえる気がする。この感覚って本当にたまにあるものでそれをヘッドホンの中で体感できるのがすごい。身体と精神が一致してるみたいになる。

 

今日はバイト終わった後に学校行ってゼミの要約やろうと思ったんだけど家に帰ったらそのまま寝てしまった。昼寝は気持ちいいんだけどお腹すくよね。お腹が空いたのでとりあえず外でようと思って、好きなラーメン屋を目指したんだけどさすがに22:30すぎにやってなくて江古田をただ散歩して終わった。1人で散歩して、わたしは誰かと散歩するのが好きなんだなと思った。1人で歩いてるとどうしても寂しい気持ちになってしまって切ない。江古田駅北口のサンクスにはまだ灰皿が置いてあってそこだけちょっとテンションあがった。路上喫煙防止の動きが進む中で江古田もその波に乗り、次々とコンビニの灰皿が消えていく中でお前はまだ存在していたのか!と思った。大学1年生の夏に、友達とよく集まってたローソンの灰皿が消えたことでことねからラインが来たことを思い出して懐かしくなった。その時はタバコ吸ってなかったしドンマイくらいにしか思ってなかったけど、今は本当にあの灰皿にたくさんの人が助けられてきたのだなとわかる。まあ時代は禁煙ですけどね。ラーメン屋に行けなかったわたしはセブンで冷凍つけ麺を買ったけど、今日もいつもと同じ店員さんだった。この人たちは月何回休みがあるんだろう。勝手に心配してしまうな。

 

最近読んでいる好きなブログが、ブログというより小説みたいになっていて面白い。現実と思って読んでいたのにじわじわとフィクションが混ざってきて読んでいて楽しい。そのブログでは今日はギャルについて書いていたけれど、わたしもギャルが好きなのでなんとなく嬉しくなった。ギャルは自分があるし、それに自分をめちゃくちゃ大切にしている気がする。スタイルも良くて髪とか肌とかメイクとかすごい気を使っていて自分にはないものだなと思えるし尊敬できるな。自分を大切にできるから他人にも優しくできるんだろうな。メンタルがやばくなったりしなそう。想像ですが。前にツイッターでわたしもいつかギャルになりたいとつぶやいたけど未だになれていない。思っているだけではなれないのだ。ギャルは思ったことは行動に移してしまうんだろうな。自分を大切にして、他人に優しくして、見た目も自分の好きなようにする。他人の目は関係ない。ギャルってまじかっけえ。ツイッター大森靖子さんがジッパーに出してたコメントを見たんだけど、その中に「自分の好きなものが自分に似合うものです。そうやって自分を作っていってください。」っていうのがあって、ギャルみたいだなと思った。わたしは自分に似合う服と自分の好きな服とかはまったく違うものだなとしか思えてなかったのでそういってもらえて嬉しかった。自分をそうやって好きなもので囲んで好きな自分を作っていきたい。

今はやることに追われてまた疲れる日々なんですが、それを全部こなしていく自分をひたすら想像して自分かっこいいと思いたいので頑張ります。なぜならわたしはできるはずなので。大学に入ってから意外と勉強とかちゃんとやってるんだね!と言われることが多くなった。わたしは結構小中高と勉強する人だったのでそういう感じに言われることに憧れてて、少し嬉しい。ぱっと見やらない感じなのに実はデキるみたいなのが一番かっこいいと思っていた昔の自分に教えてあげたいな。

 

交わりたいけど keep on making hot tune

 

 

 

 

サマーフェア

 

恋がしたくなるような

少女マンガを読んだあと

まだ夜はふけないものかと

ベッドにもぐって小さくなった

 

夏になるとなぜか聞きたくなる大森靖子さんのうた。

曲名にサマーがついてるからかなあとか単純な理由しか思いつかないけども。

 

もうすぐ5月も終わりで6月になりそうな時期なんだけど、ここ数日の暑さに耐えられずわたしは扇風機をついに出してしまった。エアコンより断然扇風機派だな。実家にいる時もそうで、エアコンがついてる涼しい部屋も好きなんだけど最終的にエアコンを消して扇風機に頼ってしまうのである。

 

なんとなく勝手に毎週月曜日を彼氏と会う日と位置づけていたんだけど、明日は会えないみたい。まあお互いにお互いの予定があるから仕方ないんだけど、このまま今週は会えないのかなーとか思ってしまってさみしくなった。今日はバイト終わったあとお家に帰って1年ぶりにペディキュアをした。夏なので濃い青とエメラルドグリーンの2色使い。爪からうっすらはみ出たマニュキアを丁寧に除光液で消してキレイに仕上げて、これを見せたかったなと思った。なんでも、1番最初に見せたい。1番最初に話したい。なーんて思ってるのはわたしだけかもね。

 

最近バイトの推しの社員さんがいるんだけど、本当に心の支え的なものになっている。その人がわたしに対して何かしてくれるというより、わたしが勝手に嬉しいと思っていることで支えになっているというか、今日あの社員さんとシフト一緒だ!嬉しい!みたいな単純な嬉しさを勝手に感じることができて都合いい存在として使ってるなーとも思う。まあ見返りを求めているわけではないしこれによってその人に害を与えているわけでもない(と思っている)ので大丈夫でしょ!と思ってるけどこういうのが恋に恋してるって感覚かなと思った。前に友達と恋に恋してるってどういうこと?って話したことがあって、その時はうまく説明できなかったんだけどいまなら説明できそう。なんでもないことも嬉しいと思えるというか、そしてそのことが単に自分の中でその人って設定してるだけっていうか思い込みみたいな感覚。そういう存在がいた方が自分が楽しいからってすごいエゴだけどね。そういうの関係なくその社員さんはいつか飲みにでも誘いたい。

 

悲しさと寂しさが入り混じった中でネットで爆買いすることでしかストレスを発散できなくなった。本当はおさんぽでもしたいけど、バイトのあとのさんぽはちょっとキツイので寝ながらできるインターネットショッピングは有能。いつになったらわたしは夏服を買えるのか。

 

今日こそ自炊するぞって思ってたのに家帰ってベッドインしたら無気力さに襲われて2時間くらい何もできなかった、本当におうちの威力はすごい。ベッドインしたら絶対無気力になってしまうことわたしは知っているはずなのにいつも家に帰ったらベッドインしてしまう。学習能力ないんだ。でも自分に期待することは忘れないでいたい。

 

明日スカートをはくのは今のぼくのゆめ

 

1たす1を100にするの

 

ベイキャンプの第三弾アーティストが発表されて、結構よかったからこれはもうチケット買おうと思ってことねに連絡しようとしたらラインをまた消してた。

ことねがラインを消すのはいつものことでもう何回目?って感じだけど未だに慣れないな。最初にライン消された時は本当につらくて次に会えた時にそっこーで電話番号をきいた。ラインがないと連絡できない関係なんて悲しすぎる。でも大学の人で電話番号知ってる友達なんて数える程しかいなくて、そんなもんなのかなとも思う。みんなわたしがライン消しちゃったらどうするんだろ。こないだ精神がヤバくなった時はライン消しそうになったけどあの時消しちゃえばよかった、この世界全部ゆめだもんね。

昨日フォー研の人たち(結構たくさん)と飲んで、楽しかったんだけど、最近はバイト授業横断委員会バイトって感じでやることに追われてるって話をした時、じゃあお前は何を楽しみに生きてんの?と聞かれたけど、何を楽しみに生きてるんだろ本当に。その時は、そういう追われてる日々の中でこういう風にみんなと飲んだり話したりすることが楽しいよと言ったけど本当はどうかわかんなくなっちゃったな。楽しいこと嬉しいこと面白いこと。なかったことにされたくない。久しぶりに誕生日にことねにもらった手紙と彼氏にもらった手紙を読んだ。わたし愛されてるし愛されていいんだし愛していいんだと思った、この世は愛地獄です。