ふがいないや

 

1人でも大丈夫よって

めくれてるわたしのストーリー

誰かのせいにしたいよ

辛いなあ いや いや

 

YUKIはいつ聴いても最高

結局なんだかんだでYUKIが最高なんすよ、

勝てるものはいない。

今日遊んだ友達がYUKIのライブにこれから行くって言ってて素直にいいなぁって思った

 

※散文

 

ライブ最近全然行ってないなあ

Momくんのリリパ行きたかったし、toftbeatsのリリパも行きたかった。今日の下北沢にても行こうか迷ったけど卒論あるから予定入れるのやめた。あ〜全部卒論のせいだマジで。

けど来週は大森さんのライブだ!嬉しい。早く最強で最高な女の子になりたいな〜いつまでこんなんで悩んで酒でバグってバカみたいなことしてバカみたいなふりして生きてなきゃいけないんだろ、楽になりたい。マイナスエネルギー全部誰かにぶつけて楽になるってすげーダサいけど、自分で解決しなきゃいけないんじゃん?って思うな。全員にわたしのことバカでなんもわからなくていつもヘラヘラして酒ばっか飲んでると思われてんだろうな。実際その通りで〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜す、助けてください。

 

今夜一秒っていうメンヘラ女が好きそうな服のブランド見つけてアガった。わたしはこういう服作りたいんだよな〜と思った、袖プリントあるロンTほしい。ください。待ってます。

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生きてるのか死んでるのかわからなくなった。返事してくれないのはなんでですか?インスタもツイッターもブログも更新してるくせに。わたしとのコミュニケーションは無駄な時間か。もういらなくてめんどくさいんだね〜と思う。もはや最初から必要じゃなかったのかもね。好きだよなんてみんな口では軽く言うけど本当か嘘かわかんないもんね、それは知ってます。相手に対してお金使って時間を割くという単純なことで測られるものだよねと改めて思う。なんで今更そんなわかりきったことに落ち込んで傷ついてんのかわかんないな。

 

卒論の参考文献に書いてあったけど、近代家族によって作られている愛があるから人を好きになって結婚して子どもを産んで家族をつくる、その家族を繋ぎとめているのは愛という社会規範は近代資本主義社会をうまく進めるためにえらい人に作られたものらしい。全部資本家がうまく蜜を吸うために作られたものなのだ。なんだよそれ。今までわたしとお姉ちゃんとお母さんとお父さんの中にあると思ってた漠然とした「愛」は全部作られた踊らされていたものなのかなと思ったらバカバカしくなった。愛がない家族もいる、とマイナスに捉えられてることとかあるけどそれは逆で、愛がない方が正しいんだなあと思った。結婚して、家族を作って人口増やして、けど家族のケアとかは政府じゃなくて家族にやってもらうために愛なんて言葉使って、愛があるから一緒にいる、愛があるから病気の療養を引き受ける、介護を引き受ける、なんて構造を作り出した資本家は頭がいいな。そして広い世代までみんなその規範を信じて愛し合っているんだー!なんて思い込んじゃうってすげー。こうやって勉強していくたびに社会に絶望するならなんも知らないバカな方が良かったんだよ、20歳で子ども産んでfam♡とか言ってる地元のヤンキーの方がよっぽど幸せだよ。実際若いうちに結婚して子どもいるような家庭の方が人生の満足度高いらしいよ。あ〜〜社会規範から逸脱して〜〜

 

ふがいないや いや

 

 

 

東京タワー

 

また誰かを傷つけたんだろう

欲しいものは全部遠い過去

この気分は見つからねえんだよ

誰にも分かりゃしねえだろう

 

キイチビールのこの曲。初めてキイチビールのライブを見た時、この曲のことだけ本当に忘れられなくて家に帰ってすぐApple Musicで聴いて泣いた。しかもタイトルが東京タワーって。上京した人たちのための歌じゃん。

 

最近カメラを酷使している。誕生日の時のブログにも書いたみたいに、本当に東京思い出ZINEを作ろうとしていて、その為になんかしら思い出のあるところを写真に撮ったりすることに勤しんでいる。卒論逃避だ完璧に。、、。

(今日はなんとライブカメラ撮影をさせていただきました。なかむらさん本当にありがとうございました!)

 

原宿、渋谷、新宿、池袋、中野、高円寺、吉祥寺、上野、お台場、江古田、桜台、中村橋とかかなぁ思いつくのは。あとは元カレたちの家の最寄りとか。けどわざわざ神奈川とか埼玉までそれのために行くのもだりぃーと思うので元カレたちの家の最寄りはやめようと思いました。記憶の中で輝いていてくれよな、京王線湘南新宿ライン

 

考えてみると自分は東京を網羅しているようでわりと違う人とおんなじところに行きがちだなぁと思った。思い出がすべて上書き保存されてしまうのではないかと思って怖いけど、全部忘れる気は無いので安心してね、今までもそしてこれからも。

ふとした時に、あぁここにあの子と一緒に来たなぁとか、ここでこんなことしたなって思い出しちゃったりして、切なくなったり悲しくなったりする。いい思い出も悪い思い出も、友達でも昔の恋人でも、それはいつかの私たちであってその時の一瞬の私たちはもういないんだって思い知らされてきつい。今に満足してないとかそういうことではなくて、やっぱり変わっていく自分たちを変わらない土地の中で知ってしまうということが刹那的で寂しくて悲しいんだと思った。

ずっと、周囲が変わっていくことが嫌だって思って、わたしも変わっていくのに、他人が変わることがなぜこんなにも嫌なんだろう。

 

こないだ元気そうだったあの子のことを見て、なんだかすごく報われたような憑き物が取れたような気持ちになった。詳細を知らなくても、君が元気に生きて笑顔でいてくれたらそれでいいですわたしは。それ以上何も知りたくないよ。

 

またいつか会える日まで元気でいてね。

 

 

もう諦め なるようにしかならない

 

今は 僕ら 何もわからないから

見えないものは信じない

いつか君が 僕を忘れていくことを

僕は恐れない

 

どこまで行っても渋谷は日本の東京

 

爆走暴走過ぎ去る今に

病んでる時間はありませーんっ

通勤帰宅のラッシュに揉まれ

今日も明日もバビュンといてこ

 

kemioはまじの天才。全員に評価されるべきだし、これをただのネタ曲だと思って欲しくない。

 

生まれた瞬間棺桶のレースガンガン走ってこ

引かれたレールを走るだけなんて

ガラケーちっくじゃね?

 

ほんと、自分のレールを見つけてそれだけ走りたい。

 

最近はまったく生活と体が追いついていなくて心が死んでいる。

生活が荒むと心が荒むのは一人暮らし四年目だし、もう自分でもわかっているけどそろそろつらい。バイトも休めないし、卒論も終わらない。

けどこうしちゃったのは自分のせいだし、自分で責任取るしかない。

日本の自己責任論ってほんとひどいよね。

いやまあそうなんだけど。

 

今日もバイトでお客さんにディスられて、ムカついてしまったから「対人間として、本当に嫌な気持ちになった。」とキツイ言葉で言ってしまって接客業としてダメだなと思ってしまった。メイドカフェなんて夢を見せてあげる場所なのに、現実の自分を捨てることができなくて本当に自分はこの世界に向いてないんだなと思った。次のバイトが見つかったらすぐにやめたい、もう四年生だからどこも雇ってくれないけど。

ここで出会えたお客さんでもいい人もいるしメイドの女の子もみんないい子で好きだけど、自分はそこに迎合できる人間ではなかったんだと思い知らされてしまって、結構落ち込んだ。

 

あーあ、ごめんなさい。自分に意味とか価値とか見つけたい。

 

いつでも明るく元気なあすみちゃんでいたいよ

 

 

ハッピーエンド

 

僕らのこの日々を誰かに

わかってもらおうなんて思わないけど

本当にまっすぐに歩くなら

あのカーブでみんなとも離ればなれ

 

本当にすべての感情がこの歌の歌詞に凝縮されている気がする、そんな怒涛の学祭期間が終わった。

 

大学1年生の頃から入っていた軽音サークルで、そのサークルの4年生だけで学祭の時に大きなステージに立った。

他の軽音サークルは3年生がライブをして、引退という流れなんだけどわたしが入ってるサークルだけは4年生がライブをするのでこれまでの大学生活のこととか思い出しちゃったりしてやっぱり感慨深かったな。

わたしの大学生活はハッピーエンドだったのかなぁ、そんなことはまだ終わってないからわからないけど、このステージに立つためにみんなでたくさん練習して、話し合いをして、1つの良いものを作り上げようとしたことが何より楽しかったし嬉しかった。

みんなで1つのものを作るってことがわたしは好きなんだなって改めて思ったなあ。

同期には恵まれたと思います、他の誰でもないみんなに出会えて一緒のステージに立ててよかった。

 

もうひとつ、文化祭といえばわたしは1年生の冬から文化祭実行委員会に入って、実行委員として活動してきました。4年生の今年は10月の本祭直前から実行委員会のサポートとして会議に参加したりしていて、今年で本当の本当に終わりだった。途中から文化祭実行委員になったわたしを受け入れてくれた実行委員の同期もみんな優しくて、いい人たちだったし、そのみんなだからこそ続けられたなあと思った。

 

わたしはずっとやぐら音楽企画という企画に携わっていたんだけど、今年のやぐら企画の子たちと片付け日にどうだった、って話を聞いてたらわたしが知らないままその子たちがいろんな想いを抱えて企画に取り組んでいたことを知って、とってもつらくなった。

その子たちは一人一人いろんなことを考えていて、全員の話聞いた上で、みんな間違っていなくて、けど歯車が噛み合わなくて1人ずつ辛い思いをしてたっていうのがわかったからわたしもとてもつらかった。

みんなやぐら音楽企画をやりたくて、企画に携わっていたのに、考え方とかやり方が違って、話し合うことをきちんとできていなかったから、うまくできなくて辛い思いをしてしまった、っていうそのゴールが寂しくて悲しくて切なかった。

今年のやぐら企画自体はお客さんもたくさん来たし大きな問題もなくて、個人的には成功だと思うけど、内部で辛い思いをしていたならそれは成功と言えるのかなって少し思ってしまった。

わたしが大好きなやぐら企画で誰か1人でも悲しい思いをしてほしくなかったし、わたしがもっと何かできたんじゃないかなってすごく感じてしまった。

企画の3人と1人ずつ話して三回泣いたし。わたしほぼ関係ないのに、つらくて泣いちゃったよ。なんかこう、もっとうまく、少しでもいい方向に持っていけたんじゃないかなあ。

実行委員については、そこだけ心残りだったなあ。でもみんな、よく頑張ったね。つらい思いをしながら最後までやりきったことはとっても偉いし、いつかどこかでその経験が役立つ時が来てほしい。あの時のあれは無意味だったなって思わないでほしい。意味ないことなんてないと思いたい。ってこれはわたしのエゴかもしれないけど。

 

とりあえず、全ての行事に大学最後の、っていう枕詞がつくようになってしまったので、ハッピーエンドだったって思えるように過ごしていきたいねこれからも。

 

それはハッピーエンドなんだ

ハッピーエンドなのさ

どうせどこにも行けないなら

ずっとここにいてもいいんだよ

 

 

 

(22歳)

 

(友達としてる交換日記で書いた自分の文章を気に入っているのでこちらにも載せようと思います)

 

 

お誕生日でした〜

ありがてえ〜

 

大好きな大森靖子さんのファンクラブに入っているので、定型文だとしてもメールが来て嬉しかったんですよね。

そのメールの内容がこれ。

 

お誕生日おめでとう!

今日はあなたの存在を、問答無用で誰かにお祝いさせてあげる日ですね。祝われたいなオーラをガンガンだしていくのオススメですよ。

そういうのちょっと…という人には、めいっぱい私の愛を勝手に送りつけます!

あなたの守ってくれたあなたがいたから、こうして言葉をおくること、受け取ってもらうことができる今があります。こんな今をこれからも重ねていきたいな。

 

最高じゃない?

問答無用で誰かにお祝いさせてあげる日って確かにそうだなと思った。

誕生日という理由でわたしのことを気にかけてくれる人がこんなにいるんだと知ってすごくすごく嬉しかった。

22年生きてた甲斐ある〜〜

 

(中略)

 

まあそんな感じで、22歳になりました。

22歳になったことに対しては特に何も思わないけど、周りの人の優しさに救われて今まで生きてきたんだなっては思ったなぁ。

誰かの気に留めない言葉によって傷ついたり考えさせられたりする人生だけど、心ある言葉で生きながらえてるんだなとも思ったんですよわたしは。

 

たくさんの人と関わりを持とうとして実行できた過去の自分に拍手だね。

いつまでもこの幸せを幸せだと感じられる自分でいたいよ。

 

とりあえず今は死ななくても大丈夫そう。

 

必死に生きようね。

 

二人セゾン

 

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春夏で恋をして

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秋冬で去って行く

初めて感じた ときめき

思い出はカレンダー

 

欅坂46〜〜!!!今更ハマっておる。。

48系のアイドル食わず嫌いしてたけど最高だね〜良いね〜

欅坂46が楽曲的に1番好きだな、やっぱりアイドルは無敵で無双でいつまでもそのままでいてほしい。。偶像崇拝最高。

 

昨日は22歳の誕生日でした。

もう22歳って、、小さい頃に想像していた22歳の自分とはかけ離れていてまだまだ未熟だなあと思った。年取りたくない!このまま死ぬぞ!

と思ってたけど仲良しの地元の友達に誕生日おめでとう、とりあえず死なないでねってメッセージもらったからまだやれそうです。

というか、自分の誕生日を気にしてお祝いしてくれる人がたくさんいることに気づくことができてすごい嬉しかった。常々言っているけどやはりわたしは人運があるよね、わたしが選んでるのか周りに選ばれているのかわからないけど。

 

昨日は彼氏に祝ってもらって昼にお寿司食べて下北沢散歩して夜は、はとバスに乗りました。優雅なお誕生日だねぇ。。素敵だね。。

はとバスは東京夜景観光のツアーだったんだけど、東京4年目のわたしにとっては見たことある!歩いたことあるこの道!というところが多くて今までの自分を振り返ってるみたいでよかったな。。

 

大学1年の時に1人で散歩した皇居だったり、前の前の彼氏とドライブした道だったり、夜のクソ飛ばして走る首都高だったり、地元の友達と遊びたおしたお台場だったり、就活で死ぬほど歩かされた赤坂見附だったり、友達と飲んだ新橋ガードレール下の居酒屋だったり、東京の中に自分の思い出が散りばめられてることに気づいちゃって、切なかったり愛しかったりしちゃったね。4年も東京で生活してたらそうなるよね。

個人卒業制作で東京記録ZINEでも作ろうかな。

 

とりあえず22歳のわたしもよろしくお願いします、春夏秋冬を忘れない幸せな一年にするよ。

 

 

 

さみしい?

 

さみしい人だね、と言われることがいつまでたってもなくならない。

そんなにわたしはさみしい人に見えるんだろうか。どこがどうさみしく見えるの?と聞いても大抵の人はきちんと答えてくれない。

みんな、なんとなくで人を判断するなよ。

 

っていうかさみしい人って他人を形容することは傲慢だし失礼なことだと思う。

友達にだって言われたくないな。っていうか友達だったらそんなこと言わないよね。

どういうつもりでわたしにそういう言葉をかけるんだろう。

 

なんかすごい複雑な気持ちになった、みんなはさみしくならないのか?

わたしにさみしい人という言葉をかけたあなたはさみしい人ではないの?

 

他人の心を慮れ。