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魔法が使えないなら

しにたい。自分に個性もマイノリティも見出せなくて自信が持てないならしにたい。自分に意義が見出せないとそりゃ死にたいってなるよなあとか考えてしまった。今日バイト終わりにバイトの人とたくさんいろんな話をしたんだけど、話の内容はどうでもいいとしてその人はすごく自分に自信がある人なんだなあと思った。他人に興味がありすぎるみたいなこと言ってたけど、たぶん他人から映ってる自分に興味があるのかなあと思う。自分のことをマイノリティだと自負してて、それは小学校の頃からずっとなんだよ、今もそう。俺は自分のことを特別だと思ってるんだ。ってはっきりわたしに喋ってて、本当に心の底から自分が特別であると信じて疑ってなくてとてもすごい人間だなと思った。わたしは自分の個性もなにも見出せないし自分の存在意義がわからないので、わからないなら生きてる意味なくなーい?とか思ってしまった帰り道だった。でもその他人と違うから自分は特別だと思えること、全部他人を通してしか自分を確認できないのなんとなく気持ち悪いなと思ってしまった。これは自分の確認作業だけじゃなくていろんなことに言えることだと思ってて、たとえば熱があるかもって思っても体温計で確認しなければ熱があるかもわからないし、髪を染めたとしても鏡で確認しなければわからないのと同じこと。パンドラの箱みたいな。自分の存在は自分だけで実感することできないの気持ち悪いし不思議だし結局自分1人ではなにもできない無力さ、最初からどう足掻いても無駄なんだよと言われてるみたい。まあでも結局いつか全員死ぬし、無駄なのかなあ。大好きな友達がよく「いつかここにいるみんな死ぬんだよ」と言っていたことと、大森靖子さんが「わたしたちはいつか死ぬのよ」と歌ってたことがダブって友達と大森靖子さんは似てるなと思った。わたしはその友達にも大森靖子さんにもなれないけど、頑張って近づきたいのでたくさん考えています。あと最近、東京についてもちょっとだけ考えました。自分は地方の田舎出身でせっかく大学で上京してきたのにうまく理想の自分になれなくて、東京にいるのに自分は1人でなにをしてるんだろうと思うことがあるんですね。本当にみんなこんなままの生活で、こんなままの自分たちでいいの?と思っちゃうの。ほんとはもっといろんなこと考えて行動したいんじゃないの?みたいなね。でもその話を先輩にしたら「東京に期待しすぎなんじゃない?」とアッサリ言われてしまって、でもなぜか納得してしまった。確かに、他の人たちよりも東京が遠い場所に18年間住んできたこともあって、東京にすごーーくすごーーく期待して来てしまったのかな自分は、と。いつでもわたしの中の東京は有名人がいて、欲しいものなんでもあって、好きなバンドのライブは全部東京なら確実にやってくれて、同級生にジャニーズJr.とかいたりして、そういう夢の街なんだよね東京は。でもやっぱり期待しすぎたのかなあ。夢の街東京で大学生活を始めてから丸1年たったけど、まだまだ東京はわたしの日常にはなれない。桜は4月の末に咲くものだし、3月末はまだ厚手のコートを着るし。来年になったらそういうのも当たり前になるのかな、東京がわたしの日常になった時わたしが東京の期待に応えられるのかな。明日起きたら入学式です。去年の入学式、友達0人だったので友達いるやつ全員しねって思ってました。友達がいなかったので入学式の前の看板で写真撮りたかったのに恥ずかしくて撮れなかった。今年こそ撮りたい。入学式の日の夜は陸上部の新歓に行ったけどムカつく同期の女がいたのでやめた。今でもムカつく女のこと忘れられないのすごい。みんな、陸上部のマネ志望の女は性格悪いぞ!気をつけろ!では。